モンド・あほう ~Monde AFO~

旧ユーゴスラビアへ。~セルビア⇒ボスニア~

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旧ユーゴスラビア諸国を旅した。


今回の旅の目的は、
『レンタカーで旧ユーゴを廻りながら、紛争地の今とヒトを見る』
というものだ。


1992年のクロアチア紛争、ボスニア・ヘルツェゴビナ紛争。
旧ユーゴにおける『民族浄化』と呼ばれたこれらの紛争では
一緒に生活してきた隣人同士が民族の違いを理由に
戦闘に巻き込まれ、たくさんの死者を出した。








e0239565_0463186.jpg『ユーゴスラビア』、を僕はほとんど知らなかった。
つい最近まで戦争をしていた紛争地帯だということくらいの認識しかなかった。

そういえば 
『7つの隣国、6つの共和国、5つの民族、4つの言語、3つの宗教、
       2つの文字により構成される1つの国家』 という表現を
高校時代の地理教師がしていたのを思い出す。





e0239565_0474682.jpgセルビアの首都・ベオグラードに着く。


東欧の中でも
あまり観光客の訪れないこの街は
古き良き、田舎の東欧の雰囲気がある。






e0239565_051160.jpgしかし、ホテルの窓の外。
HE ДAMO KOCOBO 1389 と落書されている。
『HE』はNO!。『KOCOBO』はコソボ自治州のこと。
コソボの独立は認めない、というニュアンスなのでしょう。

1389は何かな、と調べてみると、
1389年にコソボの戦いというのがあって、それ以来、
ユーゴの人たちにとってコソボは聖地のようです。
だから、コソボの独立は許さない、と。

軋轢の痕が今も残っているし、簡単には消せない。

e0239565_0533624.jpg隣国のボスニア・ヘルツェゴビナまでの約500キロを一般道で行く。
6時間、距離にして250km走ってセルビア南西部の都市・ウジツェへ。

行く先々のココロ惹かれる場所に立ち寄りながらひた走る。
レンタカーの旅の醍醐味は、何でもないような場所で立ち止まって、
その国の人や雰囲気に触れられることだ。

つい最近まで
この国で本当に戦争があったのか不思議なほどにのどかだ。


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ウジツェの駅は人が誰もいない。オレンジ色の灯りとあいまって
夢でみたことがあるような、不気味な雰囲気を醸し出す。
『銀河鉄道999』が滑り込んできそうだ。









e0239565_16070.jpgボスニア・ヘルツェゴビナの首都・サラエボに着いた時には既に午後11時を廻っていた。

――1992年から1995年の3年半。
日本がバブル崩壊を経て、”失われた10年”を辿る中、
そのとき、ボスニアでは20万人の命が失われていた。
ちょうどこのあたりも戦闘が激しかった場所だ。

あの激しい戦闘で、わずか15年前に人を殺しあっていた街が、
ここまで生活を取り戻していることに、
人の業の深さと生きる強さをかんじる。

※以前のブログで展開していた話題を修正・加筆しています。
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by targa8 | 2012-01-08 01:06 | ⇒旧ユーゴスラビア諸国